ジャズのアントニオ・ラング・アシスタントコーチが日本でコーチ講習会を行ない、自身の知識を還元

西尾瑞穂 Mizuho Nishio

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現在、ユタ・ジャズのアシスタントコーチを務めるアントニオ・ラング・コーチは、マイク・シャセフスキー・ヘッドコーチ(以下”コーチK”)の下、NCAA(全米大学体育協会)の名門デューク大学でグラント・ヒルらと共にプレイし、1994年のNBAドラフト全体29位でフェニックス・サンズに入団した元NBA選手だ。その後、クリーブランド・キャバリアーズなど数チームでプレイし、2001年からは日本の三菱電機でプレイし、現役引退後の2007年には三菱電機のアシスタントコーチに就任。2010年に同チームのHCに昇格した。2014年からは、デューク大出身のクイン・スナイダーがユタ・ジャズのHCに就任したことをきっかけに、ラング・コーチもジャズのアシスタントに抜擢され、現在もNBAの現役コーチとして活躍している。

そんな、日本のバスケットボール界、NCAA、NBAのすべてに精通しているラング・コーチは、2016年から毎年、オフシーズンに「Antonio Lang Crossing the Border」(ツイッターアカウント: @ALCBstaff )の一環で日本を訪れ、コーチ向けの講習会と選手向けのバスケットボールクリニックを開催している。

3年目となった今年も、ラング・コーチは約10日間にわたって東京、富山、岡山、千葉、名古屋の5都市を巡り、キッズ世代からBリーグチームまで様々な世代を対象としたクリニックを行なったほか、7月24日にはJBA(日本バスケットボール協会)主催のS級コーチ養成講習会の1日講師も務めた。

かねてより『お世話になった日本のバスケットボールに恩返ししたい』と語っているラング・コーチにとって、S級コーチ養成講習会で日本のトップコーチたちにNBAで培った知識を還元できたことは非常に大きな出来事だったに違いない。

Antonio Lang Jazz

味の素ナショナルトレーニングセンターで開催されたS級コーチ養成講習会には、BリーグやWJBLのトップチームのコーチが40人以上も受講に訪れた。朝9時から夜6時まで、昼食を挟んで約8時間にわたって行なわれた講習で、ラング・コーチは、「チームディフェンス」「チームオフェンス」「選手育成」といったテーマを主軸に、実際にジャズで使われている戦術、基本理念、練習方法などについて、ビデオやデータを駆使して詳しく解説した。また、今回の講習会にはBリーグのアースフレンズ東京Zと茨城ロボッツの選手たちがデモンストレーターとして参加していたため、受講者からの質問に対してコート上で即座に実演して説明することが可能となっていた。

選手とコーチとして13年にわたって日本のバスケットボールに関わったラング・コーチは、NBAのアシスタントコーチとして多忙な日々を送りつつも、現在も日本のバスケットボールを日々チェックし続けている。この日の講習会でも、NBAの手法を一方的に話すのではなく、『日本のバスケットボールでも使える手法』を常に意識しながら話していた。

Antonio Lang Jazz

 

日本のトップコーチたちに聞くラング・コーチ講習会の感想

果たして、今回の講習会は日本のトップコーチたちの目にはどう映ったのだろうか? 昨シーズン、Bリーグで地区優勝を飾った3チームのヘッドコーチから話を聞いた。

 

鈴木貴美一HC(シーホース三河/Bリーグ2017-18シーズン中地区優勝)

――今回の講習会の中で、日本のバスケットボールに生かせそうなNBAの要素はありましたか?

鈴木HC: NBAにはスモールラインナップのチームもあればスローテンポのチームもあるし、ディフェンシブなチームもあればオフェンシブなチームもあります。ピック&ロール1つをとっても、得点力のあるPGとそうでないPGのチームとでは攻め方が変わってきます。また、バスケット用語にしても日本とアメリカでは違う言い方をしている部分が多々あります。まずは、そういった世界のバスケットを知るということが非常に大事です。

自分も若い頃にゴールデンステイト・ウォリアーズやロサンゼルス・レイカーズに行って勉強した経験があるので、特に若い世代は世界のバスケを知って、世界と日本との違いを知るべきだと思っています。だが、今流行りのバスケットを手当たり次第に取り入れるのではなく、まずは自分たちに合ったやり方を見極めた上で取り入れることが大切でしょう。

――講習ではユタ・ジャズの選手育成に関する話もありましたが、日本の選手育成に関してはどのような考えをお持ちですか?

鈴木HC: 日本は若い世代の育成が遅れています。若い世代で身に付いた癖は、ある程度スキルが固まった年代になってからでは治すことが難しい。だからこそ、上の世代でも通用するようなスキルを小さい頃から身に付けさせることが重要になります。

日本では、大学時代にどんな良い選手だったとしても、プロで通用するようになるには最低でも3年かかっています。つまり、今の日本では27〜28歳でようやくピークを迎える状況になっているので、もっと若い時にピークを迎えるように指導法を変えていかないといけません。若い頃から個人スキルの基礎をしっかり習得させ、個々のスキルがアップすれば自ずとチームは強くなるはずです。

当然、日本には日本のやり方がありますが、ラング・コーチが教えてくれたアメリカの育成方法も参考にして、今後の日本の選手育成について考える必要があると思います。

――ラング・コーチが今後も毎年NBAのフィードバックを続けることは、日本代表チームの強化に繋がるでしょうか?

鈴木HC: 我々は、テレビで観たりトレーニングキャンプやサマーリーグに視察に行くことでNBAのバスケットボールを研究していますが、ラング・コーチは毎日NBAの現場で仕事をし、スカウティングを続けています。そんな彼からの情報は、日本の若いコーチや選手が世界に立ち向かうための大きな財産になるはずです。

日本代表も、今後はニック・ファジーカスや八村塁、渡邊雄太といった海外を経験した選手や、体の大きな帰化選手が加わるので、どんどん様変わりしていくはずです。その際に、NBAやヨーロッパのバスケットをただ鵜呑みにするのではなく、日本独自のバスケットを作り上げていくことが最も重要になるでしょう。

 

佐々宜央HC(琉球ゴールデンキングス/Bリーグ2017-18シーズン西地区優勝)

――今回の講習会にどのような印象を持ちましたか?

佐々HC: 名古屋ダイヤモンドドルフィンズ(旧三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ)は、ラング・コーチからの意見をかなり取り入れていると感じました。我々も普段から世界のバスケットボールのトレンドを吸収していきたいと考えています。

また、ジャズのスナイダーHCはヨーロッパでのコーチ経験があるので、ヨーロッパのバスケットボールに通じる部分が多いと感じました。それと同時に、彼はサンアントニオ・スパーズとの繋がりも強いので、スパーズの影響も多く見受けられました。これらは、現在多くのコーチが参考にしている戦略です。

――講習ではユタ・ジャズの選手育成に関する話もありましたが、ご自身のチームに取り入れられるようなヒントはありましたか?

佐々HC: ラング・コーチとは、彼が日本でコーチをしていた時代にも仕事をしたことがありますが、その当時からワークアウトの重要性や強度の高さについて勉強になる点が多かったです。

いわゆる日本の『自主練』と違い、アメリカのワークアウトはあくまでも試合を意識したトレーニングになっています。彼らにとっては、試合で決まったシュートがGood shot(良いシュート)なのではなく、ワークアウトで練習したシュートを試合で決めることがGood shotで、今まで練習したこともないシュートを試合で打つのがBad shot(悪いシュート)なんです。そういうことを、育成段階からちゃんと選手に教えておかないといけません。

――今後のラング・コーチと日本のバスケットボールとの関わり方に期待する点は?

佐々HC: これまでのようなクリニックや講習会といった関わり方だけではなく、オフシーズンに日本の選手とアメリカの選手がピックアップゲームをできるような、そういった橋渡し的な役割にも期待しています。

 

大野篤史HC(千葉ジェッツふなばし/Bリーグ2017-18シーズン東地区優勝)

――今回の講習会の中で、日本のバスケットボールに生かせそうなNBAの要素はありましたか?

大野HC: 自分たちが大まかに区分けしていた、例えば「ハンドオフの仕方」「スクリーンのかけ方」「スクリーンの後のスクリナーの動き」といった部分が非常に細かく細分化されていました。そういった点は自分たちも学んでいく必要があるし、今日はラング・コーチからたくさんのヒントを得ることができました。

ただ、NBAの選手とは体格差があるので、それを踏まえた上で、我々日本のバスケットボールに合った形にアレンジする必要があると思います。

――日本でキャリアを積んだラング・コーチが、NBAのアシスタントコーチになった今も日本との繋がりを大切にしていることは、日本のバスケットボールにとってどのような意味があるでしょうか?

大野HC: ラング・コーチも講習の中で「日本のバスケットボールを経験したこと」と言っていましたが、日本でプレイし、日本でコーチもした彼がNBAのアシスタントコーチになったことは、日本のバスケットボールにとって素晴らしいことです。そして、NBAで培った経験を日本に持ち帰ってくれている彼の人間性に、我々は感謝しています。彼から多くのことを吸収したいと考えています。

かつて私は三菱電機の選手としてラング・コーチと一緒にプレイしていましたし、彼がアシスタントコーチで自分が選手という関係の時期もありました。その当時に彼から学んだことは、今も自分の根幹の部分になっています。彼自身は「自分はオールドスクールだ」と言っていましたが、『忘れてはいけないこと』と『新しく開拓しなくてはいけないこと』の両方を、今後も彼からたくさん学んでいきたいです。

西尾瑞穂 Mizuho Nishio

西尾瑞穂 Mizuho Nishio Photo

illustrator / NBA journalist / translator / manga producer / Utah Jazz season ticket holder / NBA選手のロペス兄弟が手がけるバスケ漫画『トランジションゲーム』のプロデューサーもやってます。